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新日本プロレスの思い出

新日本プロレスについて

新日本プロレスは、日本にいくつかあるプロレス団体の一つで、正式名称は「新日本プロレスリング株式会社」になります。

創業者は、いま参議院議員を務めているアントニオ猪木氏で、1972年1月13日に設立されています。

数々の有名なプロレスラーを輩出していきました。

アニマル浜口や佐々木健介、長州力、蝶野正洋などになります。

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近年は、東京ドームで、レッスルキングダムという大会を毎年開催してます。

新日本プロレスが管理しているタイトルには、IWGPヘビー級王座やIWGPインターコンチネンタル王座などがあります。

80年代の新日本プロレスブーム

今の平成世代には考えられないでしょうが、かつてプロレスは、生中継で週末のゴールデンタイムで放送していました。

なかでも新日本プロレスは、金曜20時台という80年代には裏番組として「太陽にほえろ」、「3年B組金八先生」など今でも耳にするような名番組と視聴率を競っていたのです。

タイガーマスクブームには視聴率20%超えることもありました。

ちなみに新日本プロレスの象徴「ライオンマーク」は、当時解説者として番組中継に出演していた山本小鉄さんです。

新日本プロレスの思い出

そして私は、学生時代によく友人と新日本プロレスを観戦しに、東京ドームに通っていました。

当時のプロレス人気も凄まじくて、東京ドームの客席はほとんど埋まっていました。

中でも人気だったのが「闘魂三銃士」と呼ばれていた武藤敬司選手、蝶野正洋選手、橋本真也選手の三人でした。

他にもスコット・ノートン選手や佐々木健介選手など、魅力あふれる選手が大勢いて、観戦した翌日には、大声の出しすぎでよく喉が枯れていたのを憶えています。

昔観ていたレスラーの方が、今でも現役で頑張っている姿を見て、私も勇気付けられています。

今、テレビでプロレス中継が放送されているのを残念ながら見ることができませんが、できればたまには放送してほしいと思っています。

最近の新日本プロレスに関して

そして今、新日本プロレスがまたしても岐路に立っているかもしれません。

発端は、中邑真輔とAJスタイルズという看板レスラーが同時期に2人も抜けてしまったことに始まります。

新日のなかでもオカダカズチカや内藤哲也が育ってきたとはいえ、No.1のレスラーは棚橋弘至であり、そのライバル関係をずっと構築していた、中邑真輔の新日本プロレスの退団はかなりの痛手だと思います。

今は棚橋が引っ張りつつも、オカダ・内藤が頑張る形で若手にもさらなる成長を期待したいですね!

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